なぜ日本刀の作り方というものは残っていないのかということを考えるならばおそらく師匠からその一番弟子へと口によって伝えられたために、資料には決して残ることがなかった、という風に言えるのではないでしょうか。その一方で、天皇の …
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日本刀の作風
日本刀は、平造りや切刃造りなどから、また鋒両刃づくりを経て鎬造りへと変化したそうです。国宝の名物「童子切安綱」ですが、腰反りの高い姿で、変化に富む小乱れの刃文を焼いており、豊臣秀吉、徳川家康・秀忠が所持し、越前藩主・松平 …
日本刀といえば
「日本刀」というものにどういうイメージがあるでしょうか。 最近は刀女子と呼ばれる刀ファンの女性が増えたとも聞きます。そのため、刀剣博物館やお城で刀を展示してあるところや、刀剣をテーマにした展覧会などが大盛況なのです。ただ …
日本刀の魅力
長年日本刀について学んだ人でも、名刀を見るたびに新しい感動を覚えると言われています。それほど日本刀の美は完成されており、鑑賞する上で奥の深いものなのです。日本刀は人間が造り出した造形美の一つですが、西洋美術と同様に、鑑 …
短刀の名作
京都の粟田口と言えば、刀鍛冶の本場とも言える場所です。そこからは何人もの名工が誕生していますが、中でも粟田口吉光は別格でした。藤四郎とも呼ばれた彼の作品は品格が高く、作風は安定しています。特に短刀作りに長けており、多く …
日本刀の価値の変化
端的に言ってしまえば、現代のような、刀に限らず、さまざまなものを、機械化して、量産できるような、体制を整えた社会においては、一つ一つのものを、作りに魂がこもっていない、ということも言われていることがあるようですが、当時の …
源之助国包
江戸時代中期の刀工である源之助国包は、国包の九代目にあたります。仙台の六代包蔵と江戸の法城寺国芳に学んだとあります。本郷家を継いだものの、宝20代半ばという若さで死去しました。通称は半蔵と呼ばれていたようです。 陸奥国で …
作法いろいろ
人を斬ったあとに刀を鞘に収める時、刀を振りますが、これを「血振るい」といいます。 時代劇の殺陣のあとに俳優さんがやるやつです。 鍔を拳で打って血を落とす方法、刀を収めるときに指先や手ぬぐいで血を拭きつつ収める方法と流派ご …
武者修行という出世術
「武者修行」という言葉は、現代でも良く耳にする言葉であるのではないでしょうか。この言葉はもともと、武士が日本諸国を巡りながら、武芸や知識、精神を鍛えるという修行のことを指していたとされています。しかし、現代ではどうでしょ …
反りと中心の種類
反りの種類 華表反(とりいぞ)り・・・・中央に反りの中心がある。鳥居の横木のような均整 のとれた曲線。日本刀の基本的な反り。 腰反(こしぞ) り・・・・棟区(むねまち)に近い刀身の腰の付近で強く反る。平 安時代から鎌倉中 …